「ねぇ」
ベッドに背を預け、本に目を落としたままシルビアが呟く。
シャワーから出たばかりの俺は、がしがしと頭の上でタオルを動かす手を止めた。
「何?」
「実はね」
「うん」
「アタシ、ロトに隠していることがあるの」
本を開いたまま膝の上に置き、シルビアが神妙な面持ちで顔をあげる。
その雰囲気に押され、思わず俺も真一文字に口を結んだ。
頭の上のタオルを肩にかけ、シルビアの居るベットに腰を下ろす。
「それを今から話してくれるの?」
「聞いてくれる?」
「もちろん」
金色の髪に手を触れようとすると、シルビアは心底イヤそうに顔をしかめ俺の手を払う。
いつもながらの冷たい動作に、不思議なことに妙な安堵を覚えた。
シルビアの口から零れた言葉を、俺は理解するのに少しの時間を要した。
「私、翼があるの」
「……ぇー……」
「言いたいことがあるならハッキリ言えよ」
突然の、唐突すぎる告白に動揺を隠せない。
蚊のなくような感嘆は、胸中で呟いたことがうっかり漏れてしまったらしい。
視線を泳がせながらチラリとシルビアを見ると、むっとしている。
……むっとしているが、真顔だ。
え、どうしよう。つ、翼?
「そ、それって黒いの?」
「ハァァァァァァァ!? 言うに事欠いて、色ォォォォォ!?」
「シルビア。ちょっと待って。俺、何が何だか、全っ然よく解んないんだけど」
「『わぁ、シルビアは翼が生えてたんだね。凄いなぁ、低能な俺はずっと天使と行動していたいんだ』くらい言えねーのかよ」
「えぇー……それ、ホントに俺が言ったらドン引くクセに……」
「想像しろよバーカ。アタシに翼が生えてんのよ? 天使以外の何だっつーの」
はぁ、と大きな溜息を付きながらシルビアが額に手を当て首を左右に振る。
何なのコレ。俺、試されてる? ってか、その質問の答えって、本当にシルビアが言ってるそれで合ってんの?
そもそも、シルビアってホントに翼があるの!?
真一文字に結んだはずの口元と緊張が一気に解け、何か言いたいのだが何を言えばいいのか解らず、シルビアを指差しながら空しく口をぱくぱくと動かす。
シルビアは指を差されたのが気に入らなかったのか、俺の人差し指の前に膝へ置いていた本を広げた。
「本とかでよくあるでしょ。『天使』って。実際にホンモノを見たことはないけど、天使と言えば翼があって、後は頭上の輪を想像するでしょ。あれって、誰が考えたのかしら」
「と、とりあえず、シルビアに翼があるのは冗談でいいんだよね?」
「当たり前じゃねーか。まぁ、惜しいけどね。アタシの可愛らし~い容姿に、翼があれば確実に天使なんだけどな」
「翼なんかなくてもシルビアは天使だから、真顔で隠し事があるとか言わないでよ……」
はぁ、と今度は俺が大きな溜息を付きながらがっくりと項垂れる。
……項垂れながら、顔を上げることが出来なかった。
何言ってんの、俺。自分で発言した内容の空恐ろしさに、見る見る内に顔が紅潮していく。
肩にかけたタオルを、ゆっくり、ゆーっくりと頭にかけ直そうとした時に、背後からシルビアの腕が首に巻きついた。
えぇ、こんな光景、滅多にないんですけどね。シルビアが、後ろから俺にハグするなんてね。何のご褒美かと思うけどね。
今は、恥ずかしさでそれ所ではない。
シルビアの顔を見ないように首を思いっきり左に反らしているけど、右側から俺の顔を覗き込もうとしている彼女は物凄く意地の悪い笑顔を浮かべているんだろう。
「ねぇ、ロト」
「イヤだ。何も言わない。もう、何も言わない」
「ね~え、ロ~ト~。イイ子だから、さっきのも一回アタシの顔見て言ってご覧?」
「イーヤーーだーーー。絶対に言わない!」
シルビアの嘘つき。
翼があるのは冗談だって言ったのに。
今の俺には、背中に漆黒の両翼が見えるよ、シルビア。